4月15日発売の「ユング心理学研究」(創元社)に「教育分析の起源としてのユング──自己分析から教育分析へ」と題した拙論が掲載されます。「ユング心理学研究」は専門誌なのですが、学会員に配布されるだけではなく、一般にも販売されているという珍しい形態となっています。書店で購入可能ですので、興味のある方はご購読いただけたら幸いです。
「教育分析」というのは(フロイト派やユング派の)精神分析家を志す人がその訓練の過程で自分自身が患者/クライエントになって精神分析を経験するということです。分析家になるための訓練にはいろいろあるのですが、特に重視されているのがこの「教育分析」。この点ではフロイト派(IAP)とユング派(IAAP)の考えは完全に一致しています。
精神分析の歴史の中でこの「教育分析」の必要性を最初に提唱した人物として必ず挙げられるのが、じつはユングなのです。にもかかわらず、実際に彼がいつ、なぜこの重要な理解に達したのかはほとんど何も明らかになっていませんでした。
今回、100年くらい前のドイツ語の資料と格闘してみた結果、教育分析の「制度」の起源と呼べる団体が見つかりました。教育分析を最初に規則として定めた団体がどのようなものだったのか? ユングはそれにどうのように関わっていたのか? 論文の冒頭にまとめてあります。
次に取り上げたのがフロイトとユングの交流。心理療法の偉大なパイオニアであるこの二人の巨匠は膨大な数の往復書簡を残しています(書籍として読むことができます)。その中で二人はじつに様々なことを話し合っているのですが、特に中心的なテーマとなっていたのが、ユングの「自己分析」、とりわけ「父親コンプレクス」の分析でした。フロイト宛の手紙の中で繰り広げられたこの「自己分析」は現代の「教育分析」の雛形となったと考えられます。
けれども「自己分析」で本当に間に合うのなら「教育分析」は生まれることがなかったはず。「自己分析」の限界、「教育分析」の必要性を知らしめる体験、それも強烈な体験がユングにはあったのです。
オットー・グロースとザビーナ・シュピールライン。
ユング界隈の人々があまり好んでは言及したがらないこの二人の存在に、今回の研究ではあえてフォーカスを当ててみました。この二人と出会いと、そこでの痛みを伴う経験こそが、「自己分析」の限界、そして「自己限界」では明らかにならなかった自分自身の本質をユングに突きつけたのだと考えられるからです。
「教育分析」はユングによって発見される運命にあった…その必然性をめぐる論考です。ユング派の仲間たちだけでなく、精神分析や認知行動療法などの心理療法や精神医療の専門家の皆さま、あるいは心理療法の訓練の文化と歴史に広く関心のある皆様に、ぜひお手に取っていただけたらと思います。ご感想やご批評もぜひお聞かせください。
ところでこの「教育分析」という言葉、じつは同業者のあいだではあまり評判がよくありません。「教育」という表現は特に嫌がられている──学校という文化が好きじゃない人がそもそも多い。英語のtraining analysisから「訓練分析」という名称の方がいいと言う人も多いですね。
私自身は「教育分析」という名称で良いのではないかという考えです。元々のドイツ語のLehranalyseのLehr-は「教える」「教育」「研修」などの意味の言葉で、たとえばLehrbuchは「教科書」となります。ですのでLehranalyseを「教育分析」と訳すのは素直な翻訳と言えます。
自分が専門家としてクライエントに提供する「分析」と、自分自身がクライエントとして訓練期間中に集中的に取り組む「分析」にはそれぞれ異なる名前が必要ですし、もしそうだとすれば「教育分析」は悪くない名称だと思うのですが…どうでしょう?
さて最後に。日本の心理療法業界ではシニアレベルのカウンセラーが経験の浅い臨床家に提供するカウンセリングが広く「教育分析」と呼ばれる慣習があります。実際にそれを提供可能だと謳っている専門家・専門機関は少なくありません。
私はこれに強く反対したいと思います。
第一に、IPA(フロイト派)やIAAP(ユング派)等の正式な資格を得ていない臨床家が自らの実践を「〜分析」と呼ぶことは、控え目に言って「看板に偽りあり」、より強い言葉を選べば剽窃や詐称であること。
そして第二に──より重要なこととして──このような形での「教育分析」は各種訓練機関の規定の中で訓練要件の一部とは見做されないこと。
たとえば日本のユング派の協会(AJAJ)に候補生として入学を申請する際には「最低50時間の個人分析」の経験が必要とされますが、IAAPに所属するユング派の分析家以外の「ユング派の臨床家」から提供された「教育分析」はその要件とは認められません。多くの時間と費用をかけて「教育分析」に通っても、訓練を受けるためはまた別の「教育分析」にいちから通い直さなければならないということです。このようなケースは実際に少なからず生じており、とりわけ若い世代の臨床家にとって著しい弊害だと考えます。
なお言うまでもないことですが、分析家以外の「〜的臨床家」の方々の力量を云々するものではなく、専門家である彼らが同業者に対して心理療法やカウンセリングを提供すべきではないという主張でもありません。そうではなく、その営みを「教育分析」と標榜することが具体的かつ明確な不利益を生むリスクを常に秘めており、したがって常に搾取の要素があるということです。
実際に(まだ分析家ではなく、その「候補生」である)私のオフィスにも、心理士や医師の方が多く来談されていますし、こうした依頼をできるだけお受けしたいとも思っています。そのためにも、ご依頼があった時点で今後ユング派の訓練を受ける可能性について慎重に吟味し、そのつど個別的な判断を行うようにしております。同業の皆様で大塚プラクシスへの来談をご希望されている方はぜひ一度、あらかじめご相談ください。
大塚紳一郎(ユング派分析家候補生)
大塚プラクシス(神戸三宮)
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